文学

チョココロネのパンと、あの誰もが知るお菓子(終)

パン屋を出た私はついでに近くのスーパーにも入った。

スーパーの入口付近には奇遇にも、大量の”コアラのマーチ”が山積みにされていて、一個六十八円の大特価であった。私は奇縁を感じ、すぐさま一個、自分の籠に入れた。

ちょうど近くに立っていた中年の男性が、私に一瞥を投げてよこした。少しの躊躇いもなくコアラのマーチを籠に入れた私の行動にちょっと興味を引かれたのだろうか。彼は退屈な時間をもて余しているのか、お菓子を別段手にとることもなく、ただただ眺めて立っていた。そして暇な人特有の、重心が後ろにかかった歩き方をしていた。

人はとくに目的もなく歩くと、こうしたのっそりと歩をすすめるカマキリのような歩き方になる、と私は内心男性を小馬鹿にした。いい歳をした男がまだ日も暮れていないというのにスーパーのお菓子の陳列棚をただ茫然と眺めて時を過ごしている。よっぽど暇な人なのだろう、カマキリではなくキリギリスか、と。

しかしよく考えてみれば、夕方にこうして散歩に出て見知らぬパン屋の中をのぞき、たまたま見かけた女性客を「グラマラスな美女」だ何だと勝手に勘違いして右往左往していた私も、相当な暇人である。むしろこの男性と同極に位置する人間といってもよい。

私は彼のカマキリのような独特な歩き方から、自身への反省をうながされているような気がして、複雑な心境になった。「いや、あの女性客の容姿に関心をもったからこそパン屋に入るきっかけが生まれ、あの変わったチョココロネに出会い、そしてこのスーパーのコアラのマーチの大安売りに縁がつながったのだ」と、私は己に言い聞かせて、何とか前向きな気持ちを保っていた。(了)

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