文学

チョココロネのパンと、あの誰もが知るお菓子(1)

ある冬の日の夕方。私は少しばかり家を出て、近所を散歩した。

ふだんは通らぬ脇道を歩いていると、一軒の見知らぬパン屋を発見した。個人で経営しているらしい、間口も狭いとても小さな店である。

店の前には、「今日はパンの日」というのぼり旗が一本、どこか申し訳なさげに立っていた。どうやら今日は、月に一回の「パンが安くなる日」らしい。

そののぼり旗につられてなのか…私は外からちょっとだけ、店内を窺ってみた。(どうせお客は一人も入ってないだろう)と私は高を括って眺めたが、意外にも、一人、パンを選んでいる人の姿があった。

しかも、その人は…妙に色気のある婦人(マダム)であった。その肉感的なボディを、黒のフリフリのドレスに包んでいて、パン屋の狭い店内ではち切れんばかりである。

(パンを買いに来た、この近所に住む婦人だろうか…)と、私は少し好奇心を刺激された。が、その美味いのかどうかも分からない見知らぬパン屋で買ってみる気も毛頭なく、店前をすぐに歩き去った。

しかし次の交差点が赤信号で立ちどまった時に、私は俄然あのパン屋に再び興味を引かれる思いがした。いや、あの小さな庶民的なパン屋と、黒いフリフリのドレスを着たグラマラスな女性とのギャップに、やけに違和感をおぼえたのである。

(あの女性の見た目からしてもっと高級なパン屋で買っていそうなイメージだったが…何故あんな安価そうな…と言っては失礼だが、あんな小さな庶民的パン屋を彼女は選んだのか?よっぽど美味しいパンなのだろうか)

すぐさま、私は来た道を引きかえした。出来れば女性とパン屋の店員の間に交わされる会話なんかも聴いてみたかった。

が、かの黒いドレスの女性はすでにパンを買い終えて、店の先にある横断歩道を歩き去っていくところであった。女性の姿をよく見ると、グラマラスな美女とはほど遠い、少し小肥りな近所の主婦といった感じだ。私は先ほど瞬間的にパン屋の中をのぞいた際、庶民的なパン屋の狭い店内に佇む、黒いドレスの肉感的な美女、という勝手なイメージを作りあげてしまっていたのだ。それは単に、私の好奇心の飢えから生じた、「こんな状況があったら面白い」というイメージに過ぎなかった。黒いドレスと思われた彼女の服装も、よく見れば変哲のない、一般的な主婦らしい黒の外出着であった…。

女性は店の外で待ち合わせていた、夫らしき中年の男性と一緒に、仲よさげにパン屋の袋をぶら下げて私の視界から逸れていった。私にとっては「女性に男がいた」ことよりもむしろ、女性のイメージの当てが大きく外れたことへの失望があった。私は悲嘆に暮れる人のように、しばしパン屋の前の通りに立ちすくんでしまった。(つづく)

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