文学

自宅の隣りに住んでいた爺さんの話

しだいに私も、高校の剣道部の部活動が忙しくなり、週末に一人で映画を観に行く時間もなくなってしまった。大量の映画チラシが入れられた紙袋を提げて帰ってきた爺さんと自宅の前ですれ違うことが何度もあったが、私は忙しい素振りを見せて、彼の映画についての長話をうまく避けて自宅に引っこむ、そんな術(すべ)を身につけるようになってしまった。

そして時は流れ、私が大学受験を間近にひかえた高校三年の秋ころだっただろうか…。

ある日いきなり、市の職員たちが爺さんの部屋に踏みこみ、彼がその生涯で収集してきた映画チラシたちの大半を強制廃棄してしまうという事件がおきた。

一人暮らしの老年の男の孤独を象徴するかのように、映画チラシは狭い一室に溜まりに溜まり、とうとうベランダにまでうずたかく積まれている状態になっていたそうだ。それに気づいた隣室の女性が、「あれにうっかり火でもつけられた日には、たまったものじゃない」と見かねて市に通報した、という顛末だった。

爺さんにとっては「長年の趣味の宝物」も、一般人の女性からしたら「単に迷惑なだけの、がらくた」に過ぎなかったわけだ。

その強制執行がおこなわれたのは、平日の昼間のことで、高校に行っていた私は目のあたりにしなかったが、実際に一部始終を目撃した母の話だと、爺さんは職員に一言二言、わずかばかりの抵抗を試みたが、隣人の苦情が出ていたため、問答無用で捨てられてしまったそうだ。

「あのお爺さんにとっては、長年集めた何よりの”宝物”だよ。それをほとんど処分されちゃったんだから…。お爺さん、ひどくしょんぼりとして、肩を落としていたよ」

と母は私に話した。私には、映画チラシを捨てられ、まるで大好きな玩具を失った子供のようにうなだれる彼の様が、(その場に居合わせなかったけれども)ありありと浮かんだのだった。

生涯を愛する映画のために捧げ、妻子ももたず自由気ままに生きてきた爺さんの晩年には、こんな悲しい出来事が待っていたのだ。しかし彼はその後も懲りずに映画館通いをつづけ、さすがに持って帰るチラシの量には気をつけるようになったものの、映画を楽しんでいたようである。

その後、私が実家を出て一人暮らしをしていた間に、爺さんが住んでいたアパートは取り壊されたから、彼の消息については全く分からない。

現在も元気に映画館に通ってチラシを集めているものか…。それとも、若い頃に弁士をやっていたという経歴から考えても相当な年齢だろうから、もう亡くなってしまっているかもしれない。

 2021.9.6  小林帯刀

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