文学

自宅の隣りに住んでいた爺さんの話


これは、私が高校一年生だった時のことだが…。

週末に一人で映画を観に行き、列に並んでいたら、五人ほど先に、何となく見おぼえのある男性が立っていた。

ちょいとお洒落な帽子に、年齢にややそぐわないと思われる派手なシャツ…。私の自宅の隣にある古いアパートに住んでいる男性であった。

その映画館は自宅からかなり離れた場所にあっただけに、なんたる奇妙な偶然と、高校生だった私はかえって懐疑的になり、

(単なる”そっくりさん”だろ…)

と自分に言い聞かせて、彼には声をかけなかった。

しかし向こうの男性も、なにか気づいた様子で私の方をちらちらと窺っている…ように、私には思えた。

やはり後日、自宅の前でたまたま彼と出くわした時に、

「あれ?君、京橋にいたよね」

と声をかけられた。

その映画館は京橋にあって、昭和の時代の邦画の名作を数百円で観られるところだった。お客も、年配の男性が圧倒的に多かった。

そんな所に、隣家に住む若者が観に来ていた…ということで、彼は嬉しくなったものか、

「ほかにも古い映画やってる所いくらでも知ってるから、今度教えてあげるよ」

と言っていた。白い無精髭がたくさん生えた老顔が、興奮で少し赤く染まっていた。

その後自宅の母から聞いた話だと、男性は若い頃に映画の弁士をしていたが、音声の入っている映画(トーキー映画)が主流になるにつれて仕事がなくなり、そのあとどんな仕事を転々としていたものか…今では毎日映画を観に出かける自由な一人暮らしをしている、ということだった。

弁士というのはむかし、まだ映画に音声を吹きこむ技術がなかった時代、映画のわきに立ってセリフを自らの声で読み聞かせ、まるで映画から声が出ているように観客を楽しませる職業であった。

しかし有声映画化が本格的になるにしたがい、彼らの需要は一切なくなり、それぞれが別の道を選んで世に埋もれていったと聞く。

時代の変化にしたがって消え去った弁士の中の一人…が、かの隣のアパートの住人だったわけだ。彼は毎日のように、都心の映画館に出かけて古い映画を観るのが何よりの楽しみで、帰りには必ず映画の宣伝チラシを大量に持ってかえってきて、

(次はこの特集上映を観に行ってやろう…)

と思いをめぐらすのが、最高の愉悦のようだった。

私にも何度も、そのチラシを渡してきては、次はこの映画館の特集を観に行くといい、などと勧めてくれた。ただ、この爺さんが勧めてくる映画はマニアックな洋画が多く、古い日本映画のいわゆる「名作」を観たいと考えていた私とはやや路線が異なっていて、私が実際にその特集に足を運んでみることはなかった…。

1 2

COMMENT

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です