近所の中華料理屋でラーメンと半チャーハンを食べた。むろん、どちらも旨かった。が、ラーメンと半チャーハンを実際に食べている最中よりも、最後の最後にレンゲに残った米粒をひとつひとつ箸で拾う「蟻のごとき努力」をしている瞬間の自分の方が、なぜか強い幸福感と充足に満ちていた。
そこに「人生」を感じた。
たとえば、家族や気の合う仲間と美味しいものを食べて語り合っている時間というのは幸福なものだが、流れていく時間は意外と速く、その最中に「これだ」と掴める幸福な実感というと、きわめて曖昧なものに感じられる。また、学業や仕事などで、長年求めていた結果がようやく出た時というのは、その瞬間はとびきり嬉しいものだが、結構すぐに冷却してしまう感情で、過ぎ去ってみると意外と虚しかったりする。
むしろ、醤油差しのような小さな食器を、流し場で一人ごしごしと洗っている瞬間のごとき…人生で言えば、コツコツと目標に向かって地道な努力をしている最中の、少し恵まれていない時の方が、人間、深い幸せを感じていたりするものである。